ロッキーに受けた感銘

こんにちは!

「お前がすでに知っている事を今言おう。世の中は太陽と虹のような世界ではない。それは意地悪で悪に満ちていてお前がどんなにタフだろうとこっぴどくやられる事がある。そしてそれを止めなければそのまま地面に這いつくばるままだろう。

お前だって他の誰だれでもなくこの世の中こそがお前をこっぴどく床に這わせるものだ。だけれども今言っているのはこの世がお前にする仕打ちの事ではない。この世の仕打ちをどう受け取ってそこからお前がどうやって前に進んでいくかの話だ。どれだけの仕打ちを受けられるかそしてまだ前に進んでいけるかの話なんだ。

それが実は勝利というものだ!今すでにお前は自分がどんな人間かどんなに値打ちがあるか分かっているはずだ。だから自分に見合うものを得るべきだ。自分の値打ちにかなうものを!だけどそれをするには新たな仕打ちを受ける覚悟が必要だ。それも何かが起こるたびに誰か他の人を指差して自分のせいではないと言い訳をする事なしに。なりたい人間になれないのは誰か他の人のせいだと言う事なしにだ!

そんな事は卑怯者の弱虫のする事でお前はそんな人間ではない。お前はそんなものよりもずっと良い人間だからだ!俺はいつだってお前を愛している。何が起ころうとそれは変わらない。お前は俺の息子で俺の血だ。お前は俺の人生に起こった事の中で最高の事だ。だけれどもお前が自分を信じて進む事が出来るまでお前には自分の人生はない。お母さんのお墓に行くのを忘れるな。」

これは実は映画「ロッキー」からの引用です。あのシルベスター・スタローンの映画ロッキーです。この引用はあの映画のシリーズの最後の映画、ロッキー・バルボア、これはスタローンが執筆しそして監督した映画でもあります。

ロッキーが作られたのは1976年の事です。スタローン氏はモハメッド・アリのボクシングの試合を見た事がこの作品を生んだと言っています。映画の製作者はこのストーリーに興味を示したそうですがスタローン氏が無名だったがためにスタローン氏を俳優として使いたがらなかったそうです。

当時はスタローン氏は無名でそしてロッキーは映画の中では学歴もなく借金の取り立てをする仕事をしていました。映画は大ヒットし、それから5本のシリーズの映画が作られました。

スタローン氏はこの映画によりハリウッドで最も成功している映画俳優、そしてフィルムメーカーとなりました。

実は先日この映画を観たのです。正直に言うと私も含めてたくさんの人たちがもうロッキーのシリーズにあまり大きな期待はなかったと思うのです。しかしながらこの映画はよく作られていました。

この引用には感動しました。私たちはいつも正しく聞こえるような理由を見つけます。もうチャレンジをしなくても良いような理由です。仕事でも教育でも家族でもそれが何であっても何かを出来ないとかしない理由を見つけるとそれを理由にチャレンジし続けるのをやめるのです。

この映画でロッキーの息子はいつも有名な父親の陰にいます。そして自分が成功できなかったり幸せでないのは父親のせいだと思っているのです。皆に尊敬される有名な父親の陰で自分をとても小さく感じていました。自分が父親のような人間にはなれないからです。

このシーンの前にロッキーは無敵のヘビー級チャンピオンに対する事を決めました。チャンピオンはあまりにも強いために対戦相手を失いボクシングに対してもあまり前向きに感じていなかったようです。チャンピオンはロッキーを過小評価し簡単に勝てると確信していました。

そしてロッキーは最愛の妻であるエイドリアンの死からも立ち直ろうとしていました。そのストーリーは多分この映画の前作に描かれていると思います。ロッキーは過去に生き思い出ばかりを振り返り、エイドリアンの兄弟さえもうんざりさせます。ロッキーは今に生きる事、そして未来に生きる事をやめていました。

しかしながらロッキーは過去の陰から抜け出すべく行動に出ます。何か自分の情熱をかき立てるような事をしようと思うのです。もちろんボクシングです。最初は地域のレベルでボクシングをしようと思っていたのですがひょんな事からこのチャンピオンとのエキジビションの対戦となるのです。

ロッキーはファイターとして世の中に感銘を与えるべく生まれたと私は思います。過去のシーンではエイドリアンさえもロッキーに勝つ事は出来ないから対戦するのをやめろと言いました。過去にも最強の対戦相手は常に現れそしてロッキーはその度に周囲の反対を押し切って対戦するのです。

自分の最愛の人にさえ可能性を信じてもらえないロッキーだったのです。エイドリアンには試合でもしロッキーをなくしたらと言う考えがありました。その恐怖がエイドリアンの信じる気持ちを曇らせるのです。

ロッキーはいつも周囲の反対を押し切り彼のチャレンジに向かうのです。この世の中で彼だけが彼の成功を信じていた訳です。

実は私はロッキーがいつも自分の勝利を信じていたとは思いません。しかしながらロッキーは自分の情熱を全うする、そして世の中に感銘を与えるために生まれたのですから。

もちろん彼にももしかしたら自分は相手に倒されて死ぬのではないかと思う恐怖もあったはずです。しかしながら彼はいつでも自分の情熱を全うしてするべき事をするんだと言う強い意志があります。それは彼の魂からの言葉なのです。

たくさんの無謀に見える挑戦。対戦相手は無敵でそして最強でした。そしてこの最後の映画では彼は60代でありそしてチャンピオンは20代なのです。

この映画ではロッキーはまさに情熱を燃やすチャンスを待っていたように見えます。彼の言葉では心の何処かに燃え残った情熱。それは戦う情熱です。