幸せのはかり方

こんにちは!

毎日の生活の中でいかに軽やかに幸せに生きるかを追求する日々です。それは私だけでなくこの世の中全体が求めている事でもあります。

結局はこの世に生まれて来て私たちが一番欲しいものとは幸せであると言えるでしょう。そしてその幸せはもちろん愛に関係がありそれが高波動につながる事となりますからね。

幸せを感じるには愛は不可欠です。そのメインは自己愛なのですが。

きちんとした子育てが必要だったり学校に行ったり勉強したりするのです。学校に行きなさい、勉強しなさい、みんなに優しくしなさいと育てられます。そしてそうしないと怒られます。

それはなぜでしょう。それが人間のやるべき事だからですか。ではどうしてそれが人間のやるべき事でしょうか。

他人に優しくしないと集団の中で上手くやっていけなくなります。すると集団の中で孤立します。嫌われるという事です。

それがどうしていけないのでしょうか。嫌われると辛いからですか。それもあるかも知れませんが、集団に溶け込めないと生活が難しくなる、すなわち幸せからは遠くなるからだと思いますが、どうでしょう。

それでは学校に行くのはどうでしょうか。学歴は私たちに社会的なステータスを与えます。社会的なステータスは幸せにつながると信じているからそれが必要なのではないでしょうか。

勉強もしかりです。勉強すれば他人に無知だと言われて孤立したり馬鹿にされたりする可能性も少なくなります。

他人に尊敬されたり重要とみられる事はこれまた幸せにつながる事だと私たちは信じていると思います。

学歴やチャーミングな性格や知識が幸せを手に入れると思っているからこそ私たちはそれをもうらしようとするのではありませんか。

この現代社会において、私たちはいつの間にかそのオリジナルの目的、すなわち幸せに生きる、という目的を忘れていると思います。

そして目に見えてわかりやすいもの、学歴や人に好かれる事、知識を手に入れる事だけが私たちの関心事になっていると思って久しいのです。

パーティに行っても人に会っても誰も幸せの話はしませんが学歴の話は常に話題になるし、勉強や知識、人の性格はいつでもとても人気のある話題なのです。

目に見えるものの方が見えないものより目標にしやすいというのはあるでしょう。テストで何点というのはとても分かりやすいし、お金をいくら持っているというのも数字ですからとても分かりやすいのです。

しかしながらどのくらい幸せか、などと言うのは説明しにくいし理解もされづらいのが現実でしょう。

目に見えるものは証明しやすいし説明しなくても分かってもらえるので自分がどんなに良い思いをしているかを示すにはお金や学歴や物を見せる事が一番だと思っても不思議ではありません。

そしてその良い思いをしているという事が幸せだと勘違いしている人たちは多いのではないでしょうか。

私たちの社会では幸せとは既に自分で感じて自分で理解して満足するものではないのです。幸せとは人に認めてもらって初めて事実となるという感じでしょうか。

すなわち人にどんな風に思われるかで自分という人間ーそれは幸せかどうかも含めてですがーか決めているという事です。

幸せでないと思われると負けた事になるとか。幸せでないと思われると惨めだとか、色々ありますね。

こんな価値観が主流であるという事は否めない状況なのです。

しかしながら幸せとは実は自分で感じて自分で決める事なのです。そしてそれはもちろん、どのくらいお金を持っているかとか学歴だとか所有物には関係がないのです。

もっと言えば幸せも含めて自分がどんな人間か自分で決めてそれに満足できる人たちだけが得られる感覚という事になるでしょう。

幸せかどうかは自分だけで決めて、他の誰がどう言おうとそれは変わる事のない事実であるし、感覚なのです。

この視点で話をすると自分が何者か自分自身で決めてそれに心底満足できる人が幸せだという事になります。

もちろん自分が何者か決めると言うのは自己評価であるし、自己イメージです。もちろんこれには学歴やお金は直接は関係ありません。

だってどんなに学歴が高くてもどんなにお金が会っても自己イメー