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自由とは難しいものだと気づく



こんにちは!


さてどうやって人生を変えたか引き続き話していきます。


アメリカに来た時にはもちろんアメリカでは特にニューヨークでは女性もきちんとしたキャリアを持っている事を知っていました。


そのことはもちろん最初に私に大きなインスピレーションをもたらしたものでもありました。


最初の日本での結婚で私のキャリアには未来はなく専業主婦である事を余儀なくされていたのでその事は本当に私の中で大きな違いでした。もう1/4世紀も前の話です。


なのでニューヨークに来て自分のキャリアを持てば長年そうであったら良いと思っていたような満足感が得られると思っていたのです。。。




自分の望んだキャリアを得るには学位が必要でした。アメリカでもトップクラスの社会学科の修士のプログラムに合格した事は本当にラッキーでした。


大学院修士課程の受験の前に一体何をやりたいのかどんなキャリアを持ちたいのか考える機会がありました。


とうとう私に訪れた自由。自分のキャリアを自由に選べる。既婚者の女性であっても。


自分の夫が一体何をやりたいのか聞いてくれるなどと言うのは夢のような状況だったと思います。。



でも私には一体自分が何をやりたいのか検討もつきませんでした。そんな状況を夢見ていたのにも関わらずそうなってみると一体何をやりたいのか検討もつかないのでした。



その時は日本の新聞社で会計のような事をしていたので会計の学位を取ってみようかとも思いました。


会計なら会計で仕事は普通にこなしていたのですから。そして東京ではイギリスの銀行に勤めていたのです。


子供の頃から手に職をつけるとか食べるのに困らないようにと厳しく言われていました。お金にならない事はやる事は認められていなかったのでダンスや歌を歌うなどと言う事は習った事もありませんでした。


良い成績を取るために塾には行っていました。成績は悪くなかったし実は自分がダンスが大好きだった事も知らないで育ちました。



大人になってからそんな風に自分のやりたい事を選んでも良い自由を与えられたのでした。


そしてそれがどんなものなのか全く理解していなかったのです。。



自分の出来る事理解出来たものの、自分のやりたい事、となると分からないのでした。ずっと生き残りというか食べるのに困らないようにと言う暮らし方だったのです。


子供の頃は一体何に興味があったのかも思い出せませんでした。



突然、自由と言うのは何と難しいものかと思いました。自由が面倒なものだとは思っても見ないのでした。。。




そしてそれまでずっと普通である事が重要でした。平均であったり普通であったり、安定した仕事についたり普通の考え方を身につけたりが人生だったのです。



でも自分が人と違うと言う事は実は気がついていました。そして日本では普通でない事は本当に良くない事なのでした。



普通になるように育てられていました。そして東京に移ってからは普通である事は更に重要だったのです。


東京の人がやるような事をして違う事をしないようにそんな風に暮らす事がまた重要なのでした。




しかしながらやっぱり自分は平均でないし普通ではないのでした。東京では生まれて初めて行った面接で大学卒業を待たずして職を得た事は周りの人たちを驚かせました。


誰もが私のようにふらっとイギリスの銀行に面接を求めたりしないのでした。


うちの母は私がイギリスの銀行に突然職を得た事が信じられずに友達に行ったところ二人してそれは詐欺であると言う結論に達して私にそう言ったのでした。


そんな良い事がうちの娘には起こらないと言う感覚でした。




アメリカの社会学科の修士号というのは全部の修士号の中でも多分一番大変な学位だと聞きましたがやってみてそれは本当だろうと思いました。


卒業単位が他の修士より全然多いのです。最後まで全力でやってヘトヘトという感じでした。



そして最後の学期に妹が突然亡くなったのです。自殺でした。




明日のコラムでは妹の突然の死から私の人生がどう変化したかお話しします。



素晴らしい1日を!





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